ドイツにおける移民受け入れの歴史①(導入編) 〜ドナーケバブとトルコ系移民1〜
2026/01/20(火)
新美さん
遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。
ドイツでのクリスマスと新年は、これまで日本で経験していたものと大きく違いました。ドイツのクリスマスは、どちらかというと日本のお正月のように、お店が完全に閉まり、家族で集まって静かに過ごします。一方で、新年はとても賑やかです。大晦日と元旦は強力な花火の打ち上げが法律で許されていて、普通の人が道端で大きな花火を思う存分打ち上げます。新年を迎えるタイミングには窓のすぐ向こう側がまるで花火大会のような光景でした。
さて今回からは、私からドイツの移民受け入れの歴史について学んだこと、そしてそこから感じたことをお伝えしていきたいと思います。前回の新美さんの投稿では、食べ物などを例に、実は、日本は外国の文化を取り入れて生活に馴染ませてきたということが書かれていました。たしかに、食べ物は、外国の文化がその国の文化と『まぜこぜ』になって日常に馴染んでいく様子をとてもわかりやすく表していると気付かされました。そこで、今回は、ドイツにおける移民受け入れの歴史の導入編として食べ物をテーマにしたいと思います。
以前、ふらっと立ち寄った博物館で、面白い展示がありました。

ドナーケバブの展示(ヨーロッパ文化博物館 「移住を通した文化の多様化」にて)