第2回 日本における外国人労働者の変遷
2025/11/21(金)
アンジーさん
ドイツへ渡って早1か月。お元気でしょうか。
今までの日本の生活と変わり、ドイツに住む「外国人」になって、
様々な経験をしていることと思います。
またドイツの移民政策や多文化共生について聞かせてくださいね。
さて、今日は日本の外国人労働者の変遷について、書いてみようと思います。
日本の外国人労働者は、1980年代前半では興行ビザで入国した東南アジアからのエンターテイナー、1980年代後半からは、中国、韓国、フィリピン、バングラディシュ、パキスタン、イランなどの国々から一定の時間差を伴って労働者が日本を訪れ、超過滞在者が増加していきました。1990年に新入管法が制定されました。その基本的骨子は知識・技術者の受けいれと単純労働者の締め出しでした。新入管法は、単純労働者の受け入れを拒否しましたが、現実的には単純労働者は改正後も減らず、むしろ急増するケースがみられました。これは南米に移住した日系人や外国人技能実習生などの増加のためでした。
これらの外国人労働者は、高度成長下で豊かになり高い教育を受けた日本人若年労働者が、低賃金労働や3K職種を避け、零細、中小企業を中心に労働力不足と関係があると言われています。
日本における外国人労働者については、様々な問題が明らかになっています。1990年の新入管法以降に増え続けたいわゆる「デカセギ」のために来日した南米からの日系人は、業務請負業者を介して、日本の基盤産業でデカセギを繰り返していました。彼らについては、移民ネットワーク、移民コミュニティの再構築、文化摩擦、不就学児童などの問題があり、今までの多くの研究がなされています。
労働者の観点から見ても多くの課題があるわけですが、地域社会においては、日本人との接点も少なく「日本人と仲良くしたい」という希望する外国籍の方は多くいても、日本人と仲良くできる場がない。そんな状況が続いているように感じています。私の友人の南米出身のMさんは、1990年に日本へ来ましたが、30年くらいは、同じ言葉を話す仲間とのコミュニティの中でしか、自分の居場所はなく、日本に住んでいる期間は長いのに、日本のことが全然わからないと話してくれたことがありました。何か、日本人は、彼らのことが見えているのに見てこなかったのではないか。私自身もそうだったのではないか。そんなことを考えたりします。
令和7年11月1日付の愛知県高浜市の外国籍住民比率は9.9%です。まもなく10%を超えます。昨今では、南米からの移民より、東南アジアから来る外国籍の方が圧倒的に増えてきています。今度こそは、見て見ぬふりにならないように、街ぐるみで「ごちゃまぜ」の街を作っていけないだろうか。そんなことを模索している今日この頃です。
2025.11.21 新美 純子
