ベトナム人ディアスポラの歴史:ベトナム人移民やその子孫が築き上げてきたもの

blog

ベトナム人ディアスポラの歴史:ベトナム人移民やその子孫が築き上げてきたもの

2026/03/28(土)

新美さん


 ドイツでの滞在も終了間近になっています。5ヶ月少しドイツの首都ベルリンで生活をするなかで、さまざまな人に出会い、多くの発見がありました。

 

 新美さんからの前回のお便りでは、スイス人の小説家マックス・フリッシュの有名な言葉「労働力が欲しかった。だが、やってきたのは人間だった。」という言葉をもとに、日本へ働きにきている人たちが孤独のなかで「介護の担い手」としてのみ消費されていて良いのかという疑問が投げかけられ、改めて、多文化共生とは何かということを考えさせられました。ドイツ滞在で、まさにこの「単なる労働力か人間か」という問いや、多文化共生について考えさせられる学びがありました。今回は、ベトナムからドイツへの移住の歴史と、ベトナム人ディアスポラ(=ベトナム人移民やその子孫)の現在について見たこと、学んだことをお伝えできればと思います。

 

 私はベルリンにて、ベトナムからの介護の職業訓練生(ドイツの介護の職業学校に通いながら実習を行い、3年間で老人看護師の資格取得を目指す)の受け入れと、それを支援するベトナム人移民コミュニティについて調査をしていました。特に、ベトナム人移民の支援を長年してきたある非営利団体とその団体が築いているベトナム人支援のネットワークに注目をして、勉強をさせていただいていました。そこで、ベルリンでは、ベトナム人ディアスポラのソーシャルワーカー(多くが女性)がたくさん活躍していることを知りました。ベトナム語での支援ができ、ベトナムの文化や当事者の背景(ドイツへ移住して生活を築こうとする、ベトナム人の親のもとドイツで育つとはどのような経験か)を理解した上で支援ができるソーシャルワーカーたちはドイツ社会においてもとても重要な存在となっているようでした。また、このソーシャルワーカーをはじめとするベトナム人ディアスポラの活躍の場として、さまざまな(ベトナム人ディアスポラによるベトナム人ディアスポラのための)市民団体が存在しました。そして私は、これらの市民団体のルーツは、東西ドイツ統一の時代にあるということを学びました。


 以前のお便りでも少しご紹介しましたが、東ドイツには契約労働者として、そして西ドイツには難民として、ベトナムから多くの人がやってきていました。1990年の東西ドイツ統一の際、東ドイツのベトナム人契約労働者は、突然ドイツに滞在する法的根拠がなくなりました。それまでドイツ社会の一員として働き生きてきた人たちの生活が脅かされることになったのです。そんななか、ベトナム人移民の人たち、そしてさまざまな市民団体、教会のイニシアチブ、さらには一部の自治体が立ち上がり、ベトナム人契約労働者のドイツでの滞在資格のために闘いました。この際に、さまざまなベトナム人移民を支援する自助団体やその他の市民団体が設立されたのです。これらの市民団体の活動内容は、その後、ドイツに先に移住していた親が呼び寄せた若者の支援、家庭の支援、ドイツで難民申請をしており在留資格が不安定な人たち(多くが女性)の支援などに広がっていきました。そして、近年は、ベトナム人職業訓練生の支援が新しいテーマとして浮かび上がってきたのです。これらの市民団体の主な資金源は、EUや州などによる助成金です。ドイツでは、このような移民による市民団体が、移民の人たちの社会統合、エンパワーメントにおいて中心的な役割を果たしてきたされています。


 次回は、特にベトナム人介護職業訓練生に着目して、ベトナム人ディアスポラの現在について写真も交えてお伝えしたいと思います。


<参考>

・Hummel, S., Pfirter, L., & Strachwitz, R. G., 2022, Civil Society in Germany: a Report on the General Conditions and Legal Framework, (Opuscula, 169). Berlin: Maecenata Institut für Philanthropie und Zivilgesellschaft.

Coalition for Pluralistic Public Discourse, Dynamic Memory Lab Vietnamese-German Migration Hi | Stories (展示に関する資料)

HOME サイトマップ 問合せ