「労働力が欲しかった。だが、やってきたのは人間だった」

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「労働力が欲しかった。だが、やってきたのは人間だった」

2026/02/15(日)
ドイツのドネルカバブの香りが届いてきました。
ドイツで愛されている「ドナーケバブ」という食べ物を入り口に、
かつてその地を支えた「働く人々」の、切なくも力強い歴史を感じました。
読み進めるうちに、私はいつの間にか遠いドイツの街角に立ち、
現代の私たちが忘れてしまいがちな「働くことの筋」について、深く考え込んでしまいました。

やってきたのは「人間」だった
1950年代、西ドイツが深刻な人手不足を補うために始めた「ゲストワーカー」という制度。当初、彼らはあくまで一時的な「労働力」として招かれ、時期が来れば入れ替わる、まるで機械のパーツのような存在として想定されていました。
しかし、そこにやってきたのは無機質な「労働力」ではなく、心を持ち、家族を愛し、日々の生活を営む「人間」でした。

制度が彼らを「一時的な客」として隔離し続けようとした一方で、彼らはその地に根を張り、コミュニティを築き、社会の一員となっていく。その過程で生まれた格差や分断の歴史を思うと、言葉の重みが違って聞こえます。
「労働力が欲しかった。だが、やってきたのは人間だった」
この有名な一節は、効率や数字を追い求める現代の私たちに向けられた、鋭いナイフのような問いかけのようにも感じられます。

日本も同じような状況だったのではないか。
1990年の入管法の改正で血縁の南米やフィリピンからの日系人がたくさん来日しました。
彼らを「デカセギ」として働かせ、雇用の調整弁として使ってきた。
日本も一時的な客として見てきたけど、今や日本に定住を求める外国人が後を絶たない現状があります。
介護現場ではどうだろうか。
今回はこれらについて振り返ってみたいと思います。

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